2011年07月01日

自己紹介3

清水志郎 陶歴

1979年 ・京都の五条坂に焼物屋の三代目として生まれる

2001年  朝日陶芸展     公募展
   SHIPS蔵     グループ展
   マロニエ    グループ展

2002年 ・ 京都精華大学造形学科陶芸コース卒業
      ・祖父、卯一の下で修行

2003年 祗をん小西 グループ展 (←妻やえと出会う)
   鎌倉工芸 親子三代展

2004年 祗をん小西  初個展
   陶谷 親子三人展

2005年 ・陶谷にて親子三代展 「一茶碗茶」
   (代々の茶碗でお茶を楽しめるイベント)
   ・カフェ&ギャラリー ことばのはおと 「7×4・C」
   (ケーキとマットと器を7種類の中から選んで食べていただくイベント)
     ・五条坂の父の工房に戻ってくる

2006年 現世美術館(建仁寺) ワークショップに参加
      四条京町屋 グループ展
     ・やえと結婚する

2007年 祗をん小西 個展
     ・cafe kamogama 「ミツナガリズム」
      (音楽と空間と器の三つの繋がりを感じられるイベント)

2008年 現世美術館グループ展
      リメイク工房shimako  個展
     日本橋三越     グループ展
     KEIKO Gallery(ボストン)グループ展
     ・料理教室森田の男の料理教室に参加

2009年 清水家改装記念展(五条坂)
      楽空間祇をん小西(京都・祇園) 個展 
     寅市(京都・建仁寺毘沙門天堂)  手作り市 
     京都現世美術館(京都・禅居庵)
     田中美術(神戸) 個展 
     清水家三代展(京都・両足院) 個展 
     三越 (日本橋) 現代作家茶碗特集  
     sowaka (京都) 三人展 
     山田松香木店(京都) 香炉展 
     たち吉 (京都) 冬支度展 
     たち吉 (京都) 酒器展 
     KEIKO GALLERY (ボストン) カップ展 
     第5回世界陶磁ビエンナーレ(大韓民国)造形部門入選
     ・石川先生に書道を学び始める

2010年 田中美術(神戸) 個展
     エスパス・カルチャル・ベルタン・ポアレ 企画展 (パリ)
     市之倉さかづき美術館ギャラリー宙 世良さんと若手陶芸家のグループ展
     山田松香木店(京都) 香炉展
     三越 (日本橋) 現代作家茶碗特集
     ・父、保孝に壺を学び始める
     ・京都市試験所の社会人コースで釉薬を勉強する
     ・京都造形大学で非常勤講師を務める

2011年 ・気功整体を学び始める
     日本伝統工芸近畿展 初入選
     ギャラリーYDS(京都) 個展
     ぎゃらりーかのこ(大阪) 個展
     田中美術(神戸) 個展 
     酒の器Toyoda(京都)「真夏の冷酒杯2011」(グループ展) 
     高島屋(京都)企画展
     日本橋三越(東京)世良さんと若手陶芸家のグループ展
     観○光 (京都)グループ展

投稿者 shimizuke : 02:41 | コメント (0)

2011年06月26日

自己紹介2

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私は焼物をしております。


曾祖父と曾祖母が陶器の卸し問屋を五条で始めまして
祖父が15歳から焼物を作る方を始めたそうです。
戦争へは行かず手榴弾を作ってたそうです。
父も大学卒業後焼物の道に入り
家で毎日陶器を焼いてました。

そんなかんじで、小さい時から焼物に囲まれて育ち
母が大根を買ってきたら
それで轆轤を挽くまねをして遊んでいたそうです。
自然と将来は陶器屋になる、と言ってました。

時間があれば仕事場の父の横で土遊びをしていました。
でもだんだん飽きて、
好奇心というより
ほめられたいための土遊び
になってたと思います。
両親だけではもの足りず、
父の恩師や祖父、伯母によくプレゼントしてました。
祖父「木箱に入れて置いておく」というのが
私の最高に嬉しいほめ言葉になっいたました。

大人になって伯母にあげた陶器たちを見たとき
こんなに沢山・・・と申し訳ない気持ちにもなった。

昭和60年、祖父が無形文化財保持者に認定された。
当時私は幼稚園の年長さんぐらいか・・・小一か。
「これから大変になるからしっかりしなさいよ」
的なことを母に言われたのを今でも覚えている。
当時は意味がわからなかった。
けど母は、自分に言いきかしていたのかもしれない・・・

そして大学を選ぶ時、やっぱ手を動かす仕事がいいと
思い、かといって、同じ陶芸のレールに乗るのは
やだな~と思っていた。
そんな時、デイル・チフリというガラスの彫刻の展覧会を
観てガラスがいいな~と思った。
そして、大学はガラスが出来るとこを志望していた。
しかし、デッサンが苦手で先生には
これでは短大にも入れないかもしれないと酷評されていた。

受験なれもしないといけないので
いろいろ受まくった
そして、記念受験した精華大に受かり
あっさり、陶芸学科に進んだ。
決め手は、陶芸は陶芸でも、器ではなく彫刻的な
陶芸だったことだ。何より精華大でも下宿させてくれるという
父の一押しもきいた。
電車で30分の距離を下宿してるのは
当時よくヒンシュクをかった。

そして、私が3回生のとき
母は「鬱病」になった。
当時はまったく理解できなかった
後ろから止めを刺すような暴言も吐いてしまっていた

そんな身体をはった母の訴えがなければ
今の自分はない

人のことを考えることもなかったし
尊重することもなかったと思う

あたりまえがあたりまえでなくなったとき
はじめてそのありがたさに気づいた

それと母が真面目さゆえの
責任感に押しつぶされ苦しんでいたこと
またどこにも心の逃げ場所がなかったこと
など絡まった紐がどうなってるかがやっとわかったきた
(それを一緒に考えてくれたのはやえです)

話は前後しますが、大学四回生のとき
祖父の癌がみつかり
余命半年と宣告された

大学を休学して祖父の下へ修行にいくように
まわりに勧められた。
余命半年もピンとこないし
休学も考えられなかった。
今の私でも休学を勧めると思いますが(笑)


卒業後、すぐに祖父の下へ行きましたが
祖父の「好きなもんをつくったらええ」
という言葉に甘え、オブジェを作っていた
「何で今更オブヂエなんや、そんなもん昔に終わったのに」
と祖父はよく言ってました。

何度か危ない時があり集中治療室で
意識も無いのに
「わしは志郎に焼物を教えるまでは死なんぞ」と
言ってたのが忘れられない。

それでも、今思えば素直に教わることが
出来ていなかった
当時は精一杯っだったんですが。
陶芸が私の進む道なのかさえ迷っていた

後悔しないようにと思っていても
絶対後悔するから、後悔しないように
とある人から言われていた
後悔しないように最善を尽くしていたが
やっぱり後悔はありました
やればやるほど聞きたいことは出てきますし
今だからこそ聞きたいことだってあります

でももし祖父がまだ生きていたら
轆轤をこんなにしてなかったかもしれないし
壺も作ってなかったかもしれない
清水家ももっとばらばらだったかもしれない
すべてはこれでよかったんだと思います。

自己紹介か何なのかわからなくなってきましたが
続きは24歳やえと出会ってから。

投稿者 shimizuke : 23:01 | コメント (0)

2011年06月16日

自己紹介

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今更ですが自己紹介をしたいと思います。


清水志郎です。

焼物屋の三代目。

1979年生まれ。
牡羊座。(外向的で正義感が強く、単純で、自発的で、大胆で、自分本位。らしいです。)

自分では、のんびりしてて、じっくりやって、はまればとことんやる、と思ってます。
マイペースで、天然で、どんくさくて、真面目で、正直ともいいます。

食べることが好きです。
美味しいものは何でも好き。
和食、イタリアン、中華、
パンも好きですし、(食費の半分がパン費の時もあった)
たこ焼きとかも好きです。
スープと麺は好きですね。
甘いものも好きですよ。
かりんとう、きらずあげ、芋けんぴ、もちろん洋菓子も。
最近クッキー開拓中。
食感がいいもんが好きらしい。

苦手なものは
グリンピース。早口な人。攻撃的な人。頭のいい人。
人ごみ。空気が悪いとこ。カタカナ。

最近ははまってること
気孔、庭仕事

今後やってみたいこと
合気道

今までやったことあること
野球(キャッチャー)、フットサル、スノーボード、

出来るようになりたいこと
ノミを使えるようになりたい。

大切にしてること

大切にしてるもの
信頼関係

大切にしていきたいもの
直観

そろそろ真面目にいきます。

京都の焼物の街、五条坂に生まれ育ち
父も陶芸をしていて幼稚園の時から土いじりを始める。
大学で陶芸の立体を学び、卒業後祖父の下で制作する。

真面目すぎておもろないですね。
やり直します次回。


投稿者 shimizuke : 22:59 | コメント (2)