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2008年01月20日

レポート提出

本日は窯元見学。
姉が大学で講義をしている授業の一環で
茶陶では有名な宮川家に生徒を引きつれ
窯元見学をするということでモグリで参加させてもらいました。

そこの娘さんは中学で息子さんは大学で同級生でしたが
家にはお邪魔したことがなく以前から行ってみたかったので・・・
20人ぐらいいたので先に仕事場に見学に行くものと
お茶をいただくものとわかれることに・・・
お茶といってもそこは茶陶の宮川家
茶室で宮川家の茶碗でお抹茶をいただきました。
それぞれ違った柄や文様が描かれ
そこには必ず一つの物語があり
直感で感じるものだけではない
観て味わい想像する文学的な美しさがありました。
そこにはやはりある程度の教養がないと・・・
今年は子歳だから俵型の茶碗で・・・
勉強していきたいですね。

仕事場の方は何日か通いたいぐらい
伝統技術の宝庫。
何人かの職人さんがおられ
それぞれの役割の仕事をされてました。
機械ではできない
一人ではできない
受け継がれてきた伝統の技術の膨大な積み重ねによる
工芸的な奥行きを感じました。
また同時に伝統の生き方の難しさも考えさせられました。

坂東玉三郎が歌舞伎の型は沢山あるけれども
それを完璧にやったからといって出したい雰囲気が
出るわけではないと・・・
生き様がでる・・とも。


宮川家の皆様本日はあつかましくお邪魔し
お茶までいただきありがとうございました。
大変勉強になりました。
またいろいろ教えてください。
よろしくお願いします。


投稿者 shimizuke : 2008年01月20日 00:02

コメント

コメント遅くなりました。

拙宅に来てくれたことで、いろいろ感じてくださった様でうれしいです。

>受け継がれてきた伝統の技術の膨大な積み重ねによる工芸的な奥行きを感じました。

私はこの家に生まれ育ったので、こんな難しいことは思わず、ただ漠然と日々をすごし、仕事をしているだけです。

父も、家を続けていくこと、そして時代に合う仕事をしていっているだけの事なのだと思います。

とある古い家の旦那さんは、
〝変えることはせず、坦々と暮らしていくことが大事〟と仰ってました。

一理あると思います。それだけではだめとも思いますが・・・。

また志郎には我が家がどのように映ったかは会ったときに教えてくださいね。

投稿者 パン☆デ=ミヤッティ : 2008年02月04日 22:34

コメントありがとうございます。
上ばかりみて生きていると
足元がみえなくなり
当たり前のことに
ありがたみを感じれなくなってくるものだと
最近思います。
そういう意味でも
日々淡々と・・・
というのは最近わかる気もしてきました・・・

婦人画報、熟読しました。
暮らしも作品の延長・・・
またまた、勉強になりました。

投稿者 shiro : 2008年02月06日 23:33