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2011年11月30日
人にはそれぞれ出来ないことがある
わからないことを言われると
言葉が入ってこない
何か考えてる時に
ほかの事を聞かれても
入ってこない。
知らない言葉で躓くと
その後の言葉は入ってこない。
複数のことを同時に言われても無理。
え?聞き返す
いらっとさせたかなと思うと
ますます言葉が入ってこない
耳と脳みその回路が遮断される
脳みそさんが耳まで言葉を探しに行く
そうなったらもう会話ができない
それも自分
それでいい
できることをすればいい
自分にしかできないことがある
それでいい
それが自分
それも自分
母もそうだったのかもしれないな~
投稿者 shimizuke : 00:20 | コメント (0)
2011年11月29日
狭い世界
いつかの蜂の巣を箱に入れていました。
いたんですね。その中に。
誰かの作品ではないですよ(笑)
投稿者 shimizuke : 22:04 | コメント (2)
2011年11月24日
柿ドレッシング
庭の熟した、熟れすぎた柿をドレッシングに。
熟柿、人参、レモン、オイル、塩、スパイス
をミキサーで。
熟れて困ってたけど、もう熟れてもいい。
投稿者 shimizuke : 17:42 | コメント (0)
2011年11月19日
料理上手
こちらはやえが作ったパスタ。
私は冷蔵庫にあるもので料理するのが好きです。
買い物したては沢山あるので何を作ったらいいかわからなくなります。
やえは逆です。
残り物で料理するのが料理上手といいますが
そうでしょうか・・・
合わないものでも組み合わせて
残り物料理だから仕方がないと
むしろ上手くあわせているほうだ
と自分を納得させている
ような気がしてきました。
一方、やえの料理は
組み合わせ、素材の味、取り合わせ
味付け、どれも丁寧にじっくり
確かめながら料理しているように思います。
こんな感じにしたかったんだったよね
というものではなく
このようにしました
というものになっているように思います
へんな言い方でよくわかりませんね
とにかく、沢山選択肢があるなかで
最善の料理を導き出せる方が料理上手なように思います。
こちらは私の作った柿のサラダです。
周りのは緑レンズマメを湯がいて擂ったもの。
投稿者 shimizuke : 23:11 | コメント (0)
2011年11月16日
柿の収穫
柿はいりませんか?
投稿者 shimizuke : 00:56 | コメント (0)
2011年11月13日
シュタイナー学校
シュタイナー、シュタイナーと
ちらほら話は聞いたことはあったが
京都にその学校があるとは
知らなかった。
城陽の南、田辺市にありました。
学校見学会があるというので
子供がいるわけではないんですが
シュタイナー教育の雰囲気を
少しでも嗅げたらとおもい参加してみました。
第一印象は木造で素敵な建物やな~。
教室の照明や家具、お洒落~。
一番驚いたことは黒板の先生の絵が上手い。
1年生から12年生のノートを展示してくれていたんですが
どれも、絵が多く、カラフルで、絵が上手い。
上手いという表現が適切かどうか。
力強くて、素直。です。
この学校は12年制で
小1から高3まで。
1年生の国語の平仮名のノートも
絵が多く描かれていた。2年生の算数でも。
3年生は編み物をしていた。小屋も建てる。
何年生だったか、暮らしにまつわる工芸の授業があり
陶芸もある。
また、チャイムがない。
先生が授業の始まりにベルをならす。
そのベルが学年ごとに音が違い、
生徒は自分達の音を聞き分ける。
高学年になると今度は生徒が先生を呼びにいく。
授業を受ける準備が出来たのでお願いします
みたいなかんじで。
視聴覚教材もない。なのでビデオなどもない。
すべて先生が話したり、黒板に書いたりして教える。
教科書すらないんですから。
これまた先生が教えない時もあるとか。
次の授業は、幕末をするので皆さん調べてきてください
で、みんな調べてきて、まとめて、また調べて、みたいな。
通知簿は数字で表すようなこともしないそうです。
最終学年は自分の興味のあることを深く調べる。
専門分野の先生を外部から呼んできて。
ある生徒は、動物が好きで
調べていたら、殺処分されている現実を知り
救うために動物の専門学校に進学したとか。
最後は演劇。今までの集大成。
12年も同じメンバーだと
合わない奴もでてくるとか
しかし、演劇をとおして
向き合うことを学ぶそうです。
最後に質問しました、絵は特別な指導をしているのかと。
答えはしていない。
一年生のときから全て芸術と共にあること
なので多くの子が絵を好きであること
いくら感受性が高くても、それを素直に表現できるのかどうか
そこで遮断されることも多いのではと投げかけた。
先生は、子供たちに不安がすくない、不安がある子は
なかなか絵が書けない子もいると。
わかるきがします。
ここの生徒は社会に心を開いているそうです。
見知らぬ人が学校に入ってきたら
どこから来たん?何しにきたん?と興味津々。
素直なんです。と。いつも誰かに見守られている
という安心感があるからなんです。と。
シュタイナー理念に基づいた教育なんですが
生徒はシュタイナーが人名であることすら知らない
というのがまた良い。
全てがいいのかはか別にして、
このような学校も選択肢の一つに
あるというのはすごくいいなと思いました。
投稿者 shimizuke : 19:25 | コメント (0)
2011年11月12日
月月月
今日はすごい月だった。
こーいうとき、うまく例えれたらいいのにな~。
投稿者 shimizuke : 01:51 | コメント (0) | トラックバック
2011年11月10日
夏休みの宿題
学生の時のバイトの後輩から
9月に連絡がありました。
ファーストアルバムを出すので
コメントを下さいとのことでした。
彼は昔から細見で何か自信なさげだった。
そんな彼だったがバイト先のオーナー夫婦の不仲に
一石を投じてやめていくような、熱い奴でもあった。
卒業後、ローンでギターを買うと言っていたときは
正直、彼の将来を心配した。
けどそれは、今となっては失礼なことになった。
金髪の彼は私の展覧会に時々来てくれる。
そして、私の作品を「ロックですね」という。
そんなやり取りを聞いてたある人が
「清水さんのファンは幅広いですね」
という
クーピーズのHPはこちら
アルバム発売は中止になりました。
コメント:
私はライヴというものが苦手です。
音も大きく、空気も悪く、リズム感もない私にとっては
居心地があまりよくないとこなんです。
なので、一度しかクーピーズのライヴには行った事がありません。
しかも、相当前に。
そんな、普段音楽を聴かない人間に
フジモト君はファーストアルバムのコメントを求めてきてくれたんです。
久しぶりに連絡をくれたので、嬉しくてつい引き受けてしまいました。
しかし、いざコメントを書くとなると困りました。
とにかく何度も聴きました。
何度も何度も繰り返し、
毎日通勤の車の中で聴いていました。
正直、音楽のことはよくわからないんですが
彼が自分と向き合い、ごまかさず生きている
という熱いやつであるということはよくわかりました。
上手いとか、かっこいいではなく
自分を受け入れ、らしく生きている人は
魅力的だなとも思いました。
ある日、仕事場の方に
「今日は何か良いことあったん?」
と聞かれました。
よっぽど、珍しかったんだと思います、
私が鼻歌を歌っていたのが。
その歌は「ゴールデンタイム」でした。
投稿者 shimizuke : 00:46 | コメント (0)
2011年11月08日
小包
やえが泣いていた。
これがかわいくってさ。
お父さんがこんなに素敵なセンスがあるなんて・・・
今までお父さんの何を見てたんやろと思うとさ。
だってさあ、この紙袋を選ぶととこもやし、
文字といい配置といい
IKARIの文字の消し具合といい、
上のとこの家族の楽しそうなイラストを残すとこもいいし・・・
郵便局の「ゆうメール」を押した人もいい仕事した。
と。
やえが実家にある本を送ってとお父さんに
頼んだだけだった。
丁寧に楽しく心を込めたものは
やはり、心を打つのではないでしょうか。
投稿者 shimizuke : 23:49 | コメント (0)
藤平陶芸登り窯見学
これ、うち(五条)のすぐ近所。
藤平さんとこの登り窯。
明治27~28年頃できたもの。
藤平さんとこが参入したのは昭和16~17年頃。
買い取ったのは昭和20年頃。
戦前は輸出用の清水焼を焼き、
戦時中は軍需用品を焼いていた。
この煙突の左に登り窯があるんですが
傾斜は画面左から右に下がっている地理なんです。
つまり、この窯傾斜に逆らって作られた登り窯。
当初はこの煙突の右に最初に作った登り窯があったそうです。
その窯は傾斜にそっていることになります。
その後、いまある登り窯を付け足したと。
量産するために。わざわざ逆の勾配なのに
穴を掘って。
驚いたのは、煙突を共有していたことです。
そして、右側にあった登り窯は軍需工場になって
大きな物が入らず石炭窯に作り変えられたとか。
そして、今は電気窯が置かれていました。
掘って作られたので半地下な胴木間。
ここから9部屋もある窯を焚くんです。
もちろん、横からも薪を入れるんですが。
焚口。遺跡みたい。
上の穴から薪を入れます。
下は空気穴。(レンガで調節しながらなはず)
ざ、京式。
二晩三日、で焚くそうです。
一の間から三の間までは石もん、つまり磁器。
1300度ぐらいまで上るので。
なので、このようにサヤに入れていた。
四の間からは土もん。
ここからは棚組。
八、九の間は素焼きぐらいの温度。
火の色で判断する時代ですから・・・
三の間までは窯師という窯を焚く専門職の方が焚いて
その後は藤平職員が焚いていた。
窯師は6人編成であちこちの窯を焚いて回っていたとか。
最後の間に、なぜかガス管。
昭和43年に条例で焚けなくなり
ガスを使って焼いてみたそうです。
公害が社会問題となっていた時代
この辺も、40基近くの登り窯があり
常にどこがで煙があがり、
夏場でも障子を閉めとかないと
灰が家の中に入ってきたそうです。
白米に黒い灰が入っていたり、
箪笥の中まで入っていたとか。
「秋水」という噴射燃料製造装置
だそうです。これも軍需用品。
これが大きく入らなかったやつ。
今はここは京都市のものになり、
活用方法を検討中らしいです。
実物がほぼ昔のまま残されていて
観れるというのはありがたいです。
自分がどういった歴史の流れの延長に
いるのかという勉強になりました。
投稿者 shimizuke : 00:28 | コメント (0)
2011年11月06日
カメラ
最近の写真きれいになったと思いませんか?
お気づきの方も居られると思いますが
いつものほくろがなくなっています。
そう、カメラを買ったんです。
タニヤマがなくなるというので
閉店セールに行ったんですが
最新のデジカメは20%引きぐらい
ちょっと古いのやったら50%引きぐらい
見た目と軽さで最新のにしてしまいました。
どっちゃにしても
ネットで買った方が安い
というのが虚しい。
だから、つぶれちゃうんですよね。
投稿者 shimizuke : 23:54 | コメント (1)
2011年11月04日
みたてか
これ、二条城の柱です。
観○光の展覧会の当番の時に
フラフラして撮って遊んでたものです。
いくら狩野派の偉い方が描いた
重要文化財のものであっても
あまりぴんとこない。
こういうもの見てる方が合ってるんですよね、
私には。
これ誰かの釉薬に似てませんか(笑)
ある方が書かれてたんですが
中国のものが良い
とされてた時代に
なんでもない朝鮮の雑器を
茶碗に見立てなのが利休さんで
欧米のものが良いとされていた時代に
日本の民芸品のよさをとりあげたのが
柳宗理だとか。
美術館や博物館で展示されているものではなく
「これええやん」
となんでもないものに価値を見出す
そんな見立てと写しが
日本人の文化だと
これまた誰かが書いてな~
これからどんな作品つくっていこかな~
あーおもしろ。
投稿者 shimizuke : 23:58 | コメント (0)
「セラフィーヌの庭」
映画を観た。
精神病と
霊能者と
芸術家は
紙一重かな。
木に喋りかけてたら
やっぱり、変な人にみられるんでしょ。
投稿者 shimizuke : 00:08 | コメント (0)
2011年11月02日
にしかわ 12月末まで置いてもらっている作品
投稿者 shimizuke : 00:36 | コメント (2)
2011年11月01日
ラピスラズリの茶会
先日29日、仁和寺のすぐ近く
織師吉川さんの工房ラピスラズリで
お茶会をしていただきました。
2003年の大学卒業後すぐに作った水指。
まさか出番がくるとは・・・
東京や三重、兵庫、遠くからもお越し頂き
ありがとうございました。
この帯は吉川さんのです。